バンドを始めたばかりの頃は、立って鍵盤を弾くことに抵抗があった。でも今は座って弾く方が違和感がある。 バンドを始めて変わったことは色々ある。 これはバンドのせいばかりでもないと思うが、「絶対音感」がなくなりつつある。
私はこれを、電子音やオンチな子供の歌声の聞きすぎ(あえて「聴く」という字は使わない…笑)と分析している。回転の速い(または遅い)カセットデッキで音楽を「聴」いたり、エレクトーンで演奏を録音後にキーを変えたり、ピッチベンドを使ったり、そんなことも原因だろうと。 …でも現役のピアニスト&ピアノ教師である友達も、ピアノ一筋でやっているにも関わらず、絶対音感がなくなってきたと言っているので、年のせいなのかも…(^^;) 絶対音感とまではいかなくとも、ピアノを学んできた鍵盤弾きが「耳コピー」をする時は、ギタリストのように直接「耳→手」ではなく、聴いた音をドレミに変換する作業を経由する。と言っても瞬時の事なので、時間や手間が余分にかかるわけではない。しかし、かなり複雑なものになると、楽譜にして理解しようとするので「この人種は体で覚えることは苦手ではないのか?」と思ったりする。
また、「楽譜で聴く(頭の中で譜面にする)」ということは、譜面に表し切れない、ベンドや歌い回し、表情やニュアンス、ノリや呼吸までは捉えられないことになる。だから私は音大でやる「書き取り聴音」より、ヤマハでやる「聴奏」の方が正しい姿だと思うのだ。
…話が少し反れたが、そんなことに気づき始めてから、絶対音感をつけて音楽を「学んできた」自分の通ってきた道に、疑問を抱きもするのである。 絶対音感のせいで損することもある。 まず、ゴスペルの楽譜を初見で歌っていた時のこと。 流れているオケのキーが楽譜とは変えてあったので、歌えなかった。ドの音譜を見ながらミの音を出すのが、どうもダメだった。 それから、原曲と違うキーでバンドでやっている曲を、コーラス練習しようと思って原曲のCDをかけたら、何だかよくわからない。更に、楽器のない所で誰かに「あの曲のあそこが…」と、全然違うキーで歌って説明されても、打ち合わせにならない。 …これって、音感が「悪い」んじゃないのォ〜? 絶対音感って、いったい…… ま、そんな私が絶対音感を失いつつあるのだ。お陰で、バンドキーボーディスト共通の悩み(?)、「トランスポーズ機能が使えない」を先月のライヴでクリアしてしまった。 つまり楽器そのもののキーを変えて、ドの鍵盤を弾くとシの音が出るという状態でプレイできてしまったのだ。 多くの鍵盤弾きは、まして絶対音感の持ち主は、これに耐えられないのである。 (半音だから曖昧にできただけだとは思うが…) そもそも絶対音感など必要ないというのが、私と上記のピアニストの共通の意見なので、今後、絶対音感がないことにより広がる対応力に期待する私である。 …それにしても、ドレミがわからないのに耳コピーができるギタリストというのは、私から見ると摩呵不思議、なのだ。 子供に絶対音感をつけさせたい、と言って音楽教室に来る母親たちは、絶対音感のことを十分知っているのだろうか…知っているとしても、私達が「こんなモノいらない」と思っていることは知る由もないだろう。
「バンドを始めて変わったこと」は他にもあるが、長くなりすぎたので次回にします。 …今回の話は、かなり高い次元での話であり、断じて「音感をつけない方がいい」「音感教育を受けない方がいい」という意味ではないので、誤解されませんように。
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